ゲルマン祖語 名詞

目次

概要

PGmc.には主格・呼格・対格・属格・与格・具格の6つの格がある。これらはPIEから引き継がれたものである。PIEに存在した他の格のうち、処格は与格に、奪格は属・与・具格のいずれかに合流した。具格は西ゲルマン語群だけで生き残り、呼格はゴート語でのみ生き残った。

PGmc.の名詞は各語尾の前、語幹末尾に来る母音または子音によって分類される。母音には a-, ō-, i-, u-幹、子音には n-, r-, z-幹、そしてその他の子音幹がある。通常は子音幹というとき、n-, r-, z-幹は含めない。

中性名詞は主・呼・対格の形が常に同じである。また、呼格は単数にのみ再構され、一部の男性・女性名詞のみ区別があり、他では主格と同じである。また、大抵の語幹で男性と中性は属・与・具格の語尾が同じである。

その他の全体に関わる現象は音韻法則のページを参照のこと。

a-幹

PGmc.の男・中性名詞の多数を占める。PIEではいずれの性もあり得たが、PGmc.では男性名詞と中性名詞のみで、女性名詞はない。内部分類として、語尾の前に -(i)j- や -w- が付く ja-幹、wa-幹というのもある。これらはPGmc.では通常の a-幹と同じように曲用するが、娘言語で大きく形態が乖離していった。ラテン語や古典ギリシア語の第二変化名詞に大体対応する。

単数属格 -as, -is, 与格 -ai, 複数具格 -amiz の語尾の再構結果は、対応するPIEの語尾 *-osyo, *-oey, *-ōys から予測される形 **-az, **-ōj, **-ōjz と大きく異なる形になる。この理由は不明瞭であるが、単数属格に関してはアクセントの異なる異形 **-ésyo, **-ósyo の使用、単数与格・複数具格に関しては i-幹語尾 *-eyes, *-imis からの類推であるとする説などが提唱されている。

単数複数
男性中性男性中性
主格-az-ōz, -ōs
呼格
対格-anz
属格-as, -is-ǫ̂
与格-ai-amaz
具格-amiz

*wulfaz m.「狼」

単数複数
主格*wulfaz*wulfōz, *wulfōs
呼格*wulf
対格*wulfą*wulfanz
属格*wulfas, *wulfis*wulfǫ̂
与格*wulfai*wulfamaz
具格*wulfō*wulfamiz

*braudą n.「パン」

単数複数
主呼対格*braudą*braudō
属格*braudas, *braudis*braudǫ̂
与格*braudai*braudamaz
具格*braudō*braudamiz

ō-幹

ō-幹はPIEのthematicな eh₂-幹に由来するが、中性の集合名詞だったものが女性単数として再解釈された例も存在する。すべて女性名詞であり、女性名詞では最も一般的なタイプである。a-幹と同様、-幹、-幹というのもある。ラテン語や古典ギリシア語の第一変化名詞に大体対応する。主・呼格が同じである。

単数複数
主呼格-ôz
対格-ōz
属格-ōz-ǫ̂
与格-ōi-ōmaz
具格-ōmiz

*gebō f.「贈り物」

単数複数
主呼格*gebō*gebôz
対格*gebǭ*gebōz
属格*gebōz*gebǫ̂
与格*gebōi*gebōmaz
具格*gebō*gebōmiz

ī/jō-幹

-ih₂/yeh₂- を持つathematic/ablauting名詞に由来する。-幹とほとんど合流していて、単数主・呼格が である以外は、前に -(i)j- が付く ō-幹と同じ。

単数複数
主呼格-(i)jôz
対格-(i)jǭ-(i)jōz
属格-(i)jōz-(i)jǫ̂
与格-(i)jōi-(i)jōmaz
具格-(i)jō-(i)jōmiz

*albī f.「川」

単数複数
主呼格*albī*albijôz
対格*albijǭ*albijōz
属格*albijōz*albijǫ̂
与格*albijōi*albijōmaz
具格*albijō*albijōmiz

*dilī f.「ディル」

Sieversの法則も確認できる。

単数複数
主呼格*dilī*diljôz
対格*diljǭ*diljōz
属格*diljōz*diljǫ̂
与格*diljōi*diljōmaz
具格*diljō*diljōmiz

i-幹

PIEの -is に由来する。多くが -tis > -þiz, -diz, -tiz で終わる女性抽象名詞である。3つの性いずれもあり得るが、中性名詞は非常に稀で一握りの再構例しかない。男・女性は全て同じ語尾である。単数主格形は、男・女性では -iz、中性では -i である。

単数複数
男女性中性男女性中性
主格-iz-i-īz
呼格-i
対格-inz
属格-īz-(i)jǫ̂
与格-imaz
具格-imiz

*gastiz m.「客」

単数複数
主格*gastiz*gastīz
呼格*gasti
対格*gastį*gastinz
属格*gastīz*gastijǫ̂
与格*gastī*gastimaz
具格*gastī*gastimiz

*hildiz f.「戦闘」

単数複数
主格*hildiz*hildīz
呼格*hildi
対格*hildį*hildinz
属格*hildīz*hildijǫ̂
与格*hildī*hildimaz
具格*hildī*hildimiz

*mari n.「海」

単数複数
主呼対格*mari*marī
属格*marīz*marjǫ̂
与格*marī*marimaz
具格*marī*marimiz

u-幹

-us で終わるPIEの名詞から派生したもので、その多くは -tus > -þuz, -duz, -tuz で終わる男性名詞である。これらは形式的には i-幹と並行しているが、音韻変化により独立した。i-幹よりも一般的ではなく、3つの性いずれもあり得るが、中性名詞は i-幹同様非常にまれである。i-幹同様、男・女性は全て同じ語尾である。単数主格の語尾は、男・女性では -uz、中性では -u であるが、中性複数形が確認されていないため、複数の活用は推測するしかない。

単数複数
男性中性男性中性
主格-uz-u-iwiz-ū?
呼格-u
対格-unz
属格-auz-iwǫ̂-iwǫ̂?
与格-iwi-umaz-umaz?
具格-umiz-umiz?

*sunuz m.「息子」

単数複数
主格*sunuz*suniwiz
呼格*sunu
対格*sunų*sununz
属格*sunauz*suniwǫ̂
与格*suniwi*sunumaz
具格*sunū*sunumiz

*fehu n. 「家畜」

単数
主呼対格*fehu
属格*fehauz
与格*fihiwi
具格*fehū

an-幹

PIEの様々な種類の n-幹から派生した一般的な名詞群で、それらはすべてathematicだった。男性か中性のいずれかだが、中性はまれ。単数主格形は恐らく で終わる。また、jan-幹と wan-幹もあり、これらは主に規則的な an-幹として変化する。an-幹は、homō (単属 hominis)「人」や nomen (単属 nominis)「名前」などのラテン語の第三変化名詞に対応する。

北ゲルマン語群と東ゲルマン語群の両方が大きく異なる語尾を反映しているため、男性単数主格語尾を確信を持って再構できない。古ノルド語の -i とゴート語の -a はおそらく *-ē に由来するが、その起源は明らかではない。主格と呼格が同じ。

単数複数
男性中性男性中性
主呼格-ô?-ô?-an-iz-ōn-ō
対格-an-ų-an-unz
属格-in-iz-an-ǫ̂
与格-in-i-ammaz < -an-maz?
具格-in-ē?-ammiz < -an-miz?

*lepô m.「唇」

語尾が i で始まる場合、語幹母音の ei に変化するi-mutationも見える。

単数複数
主呼格*lepô?*lepaniz
対格*lepanų*lepanunz
属格*lipiniz*lepanǫ̂
与格*lipini*lepammaz
具格*lipinē?*lepammiz

*augô n.「目」

単数複数
主呼格*augô?*augōnō
属格*auginiz*auganǫ̂
与格*augini*augammaz
具格*auginē?*augammiz

例外事項

*namô 「名前」など、いくつかの an-幹名詞は異なる母音交替パターンを保持しており、一部の形で語尾がゼロ階梯である。

*namô n.「名前」

単数複数
主呼格*namô?*namn-ō
属格*namin-iz*namn-ǫ̂
与格*namin-i*namn-amaz
具格*namin-ē?*namn-amiz

Klugeの法則も考慮した体系

controversialなKlugeの法則「破裂音・流音・鼻音 + n の同化により二重子音が生じる」を認めれば、より複雑な末子音と幹母音の交替パラダイムが再構される。Kroonenによれば1, 2*hrīþô (Kroonenによる再構では *hrīþō) 「(病気の)熱」などにおいて、元となったPIE amphikineticまたはhysterokinetic n-幹の語尾のうち、-n- で始まる単数属格 *-n-ós ・複数属格 *-n-óm ・複数対格 *-n-ń̥s で、Klugeの法則によって語幹末子音 t が重子音化した。ただし、複数与格 *-n̥-mis では、n は隣接していたものの成節子音であったため、前段階で *-un-mis に変化し、重子音化を回避した。また、語幹にアクセントのない単数与格(PIEの単数処格 *-én-i に由来)・単数対格 -[é/ó]n-m̥ ・複数主格 *-[é/ó]n-es ではVernerの法則 t > d が起こった。両法則とも適用されなかった単数主格 ・複数与格 -n̥-mis ではGrimmの法則 t > þ が起こった。結果として、þ ~ d ~ tt という末子音交替が体系全体にわたって発生した。

*hrīþō m.「(病気の)熱」[Kroonen(2009)]

単数複数
主格*hrīþō
< *kréyt-ō
*hridaniz
< *krit-[é/ó]n-es
対格*hridanų
< *krit-[é/ó]n-m̥
*hrittuns
< *krit-n-ń̥s
属格*hrittaz
< *krit-n-ós
*hrittą
< *krit-n-óm
与格*hridini
< *krit-én-i
*hrīþummiz
< *kréyt-n̥-mis

※記載のない呼格・具格は省略

ōn-幹

n-幹の語尾を で終わる古い女性名詞に付加することによって作られた新しい形態である。常に女性名詞であり、an-幹名詞の女性名詞版として振舞う。単数主格はおそらく で終わっていたと思われるが確実ではない。また、これまでの名詞と同様に通常の ōn-幹と同じように活用する jōn-幹や wōn-幹もある。

単数複数
主呼格-ǭ?-ōniz
対格-ōnų-ōnunz
属格-ōniz-ōnǫ̂
与格-ōni-ōmaz
具格-ōnē?-ōmiz

*tungǭ f.「舌」

単数複数
主呼格*tungǭ?*tungōniz
対格*tungōnų*tungōnunz
属格*tungōniz*tungōnǫ̂
与格*tungōni*tungōmaz
具格*tungōnē?*tungōmiz

īn-幹

この群に含まれるのは、形容詞に接尾辞 -īn を付けて形成された抽象名詞のみである。それらは常に女性名詞であり、すべての形で ōī に置き換えられていること以外は ōn-幹と同一である。単数主格は恐らく -į̄ で終わる。

単数複数
主・呼格-į̄?-īniz
対格-īnų-īnunz
属格-īniz-īnǫ̂
与格-īni-īmaz
具格-īnē?-īmiz

*haitį̄ f.「熱」

単数複数
主・呼格*haitį̄?*haitīniz
対格*haitīnų*haitīnunz
属格*haitīniz*haitīnǫ̂
与格*haitīni*haitīmaz
具格*haitīnē?*haitīmiz

r-幹

r-幹名詞はわずか7語に限られ、それらの屈折はやや特殊だが他の子音幹名詞に類似している。それらのうち、1つを除いた全てが近親者を表す語で、*fadēr「父」、*mōdēr「母」、*brōþēr「兄弟」、*swestēr「姉妹」、*duhtēr「娘」、*þeuhtēr「子孫、孫」である。唯一の例外は *aiganą「所有する」から派生した *aihtēr「所有者」である。最初の5つの語は、現代ゲルマン語ではほぼ普遍的に保存された(しかし、千年紀の半ばまでに全て新しい屈折に変化した)が、*þeuhtēr(中高ドイツ語の tiehter, diehter で確認)と *aihtēr(古スウェーデン語の複合語iorþattari「地主」でのみ確認)は、早い段階で廃れた。

単数複数
主格-ēr-r-iz?
呼格-er?
対格-er-ų-r-unz
属格-ur-z-r-ǫ̂
与格-r-i-r-umaz
具格-r-ē-r-umiz

*brōþēr m.「兄弟」

単数複数
主格brōþērbrōþriz?
呼格brōþer?
対格brōþerųbrōþrunz
属格brōþurzbrōþrǫ̂
与格brōþribrōþrumaz
具格brōþrēbrōþrumiz

z-幹

z-幹は、接辞 -os/es- を持つPIEのacrostaticな中性名詞から派生した。かなり稀で、常に中性。an-幹と同様に曲用するが、nの代わりにzが使われる。主格単数形は -az

単数複数
主呼対格-az-iz-ō
属格-iz-iz-iz-ǫ̂
与格-iz-i-iz-umaz
具格-iz-ē?-iz-umiz

*lambaz n.「子羊」

単数複数
主呼対格*lambaz*lambizō
属格*lambiziz*lambizǫ̂
与格*lambizi*lambizumaz
具格*lambizē?*lambizumiz

語根名詞, 子音幹

このグループの名詞は通常「子音幹(consonant stem)」と呼ばれる。これは主に残りの集まりであり、印欧祖語の語根名詞 (接尾辞のない名詞) と、n, r, z 以外の子音で終わる接尾辞を持つ名詞から構成されている。再構可能な中性名詞は少なく、可能なものは不規則。しかし、再構可能な a-幹中性名詞の多くは、元々はこのクラスに属していた可能性がある。

単数主格形は確実には再構築できない。純粋に語源的には -s、あるいは有声子音の後では -z が予想される。しかし、ラテン語などの他の印欧語族と同様に、最後の子音クラスタは単純化された可能性が高い (la pēs < PItlc. *pet-s などのように)。これはどのゲルマン語でも確認できないため、推測の域を出ない。

単数複数
男女性中性男女性中性
主格-s?-iz
呼格-Ø?
対格-unz
属格-iz-ǫ̂
与格-i-umaz
具格-ē?-umiz

*fōts m.「足」

単数複数
主格*fōts?*fōtiz
呼格*fōt?
対格*fōtų*fōtunz
属格*fōtiz*fōtǫ̂
与格*fōti*fōtumaz
具格*fōtē?*fōtumiz

例外事項

いくつかの不規則な変化を示す名詞がある。音韻法則のページで説明したように、*tanþs 「歯」はVernerの法則と母音の交替により主・呼・対格と属・与・具格の間で子音と母音の交替を起こす。*wrōts 「根」は母音の交替のみを起こす。

*tanþs m.「歯」

単数複数
主格*tanþs?*tanþiz
呼格*tanþ?
対格*tanþų*tanþunz
属格*tundiz*tundǫ̂
与格*tundi*tundumaz
具格*tundē?*tundumiz

*wrōts m.「根」

単数複数
主格*wrōts?*wrōtiz
呼格*wrōt?
対格*wrōtų*wrōtunz
属格*wurtiz*wurtǫ̂
与格*wurti*wurtumaz
具格*wurtē?*wurtumiz

*alu 「ビール」は元はPIE *h₂elut- で、後期PIEの頃の音変化により語末にある td に変化し、前ゲルマン祖語の段階で 単主呼対 álud ~ 単属 álutiz のような語となり、その後、Grimmの法則により d > t, t > þ と変化し、さらに末尾の t が脱落する規則的な変化を経た結果、単数主・呼・対格において末子音が存在しない形をとる。

*alu n.「ビール」

単数複数
主呼対格*alu?*aluþ
属格*aluþiz*aluþǫ̂
与格*aluþi*aluþumaz
具格*aluþē?*aluþumiz

*mili n.「蜂蜜」も概ね同様だが、さらにVernerの法則により þ > d の変化を経ている。

*mili n.「蜂蜜」

単数
主呼対格*mili?
属格*milidiz
与格*milidi
具格*milidē?

*berô「熊」、arô「鷲」はゼロ階梯の n-幹名詞が由来の不規則な曲用をする。

*berô m.「熊」

単数複数
主格*berô?*birniz
呼格*berô?
対格*bernų?*bernunz
属格*birniz*birnǫ̂
与格*birni*birnumaz
具格*birnē?*birnumiz

脚注

全体の参考元


Footnotes

  1. Guus Kroonen (07 April 2009), Consonant and vowel gradation in the Proto-Germanic n-stems., Leiden University
    link: https://hdl.handle.net/1887/14513

  2. Guus Kroonen (2013), Etymological Dictionary of Proto-Germanic (Leiden Indo-European Etymological Dictionary Series; 11), Leiden, Boston
    link(Internet Archive): https://archive.org/details/etymological-dictionary-of-proto-germanic