ゲルマン祖語 音韻法則

ゲルマン祖語の形態論を理解する際に重要となるいくつかの法則についてまとめる。

目次

i-mutation

i-mutationとは、後続の ij によって母音が変異する現象である。各ゲルマン語で後に起きたものも多いが、PGmc.の段階でも起きたものがある。それは「語幹母音が e で、その後ろの音節に i、または j が後続する場合、ei に変化する」というものである。

例えば、PGmc.で「平原」を意味する名詞の単数主格形は *felþuz であるが、これに複数主格語尾 *-iwiz が続くと *filþiwiz となる。

Sieversの法則

まず軽音節と重音節について説明する。語幹の母音が短母音で、末子音がない、あるいは1つで終わっているとき、その音節は軽音節であるといい、一方母音が長母音・二重母音である、または末子音が2つ以上であるとき、その音節は重音節であるという。(ゲルマン語派における)Sieversの法則は「軽音節の後につく -ij--j- になり、重音節の後につく -j--ij- になる」という法則である。元となったPIEにおける -i--ey- は異なる音素列であったが、この法則により、-j--ij- は相補分布をなす異音という扱いになった。なお、-ji--i- に、-iji--ī- になるため、これらも相補分布をなす。

例えば、PGmc.の弱変化動詞I類の不定形語尾は *-janą または *-ijaną であるが、「突き刺す」などを意味する *stikjaną の語幹は *stik- で軽音節なので *-janą となり、一方「世話をする、維持する」などを意味する *kōpijaną の語幹は *kōp- で重音節なので *-ijaną となる。

このサイトでは -j--ij- を合わせて表すために -(i)j- という表記を用いることとする。

Vernerの法則

Grimmの法則によって、PIEにおける無声破裂音 /p, t, k/ はPGmc.で無声摩擦音 /ɸ, θ, x/ に変化した。しかし、PIEでアクセントのない音節の末子音である場合、有声破裂〜摩擦音 /b, d, ɡ/ に変化した。Vernerの法則である。PIEにおいて格変化に伴いアクセントが移動していたものが、語幹末子音へのVernerの法則の適用の有無に反映された結果、いくつかの名詞は格変化で子音交替を起こすようになった。具体的には、主・呼・対格 vs. 属・与・具格 の間で、þd などの子音交替を起こす。

例えばPIEで「歯」を表す語の単数主格形は *h₃d-ónt-s であり、その単数属格形は *h₃d-n̥t-és である。単数主格では1音節目にアクセントがあるので、Grimmの法則のみ適用されて t > þ となり、PGmc.では *tanþs となる。一方、単数属格では2音節目にアクセントがあるので、Vernerの法則も適用されて t > d となり、*tundiz となる。この例のように、アクセント移動に伴い o階梯 ↔ ゼロ階梯 間で交替した影響で、母音も交替することもある(on > an vs. > un)。